だれが、いまのわたしがホンモノと言い切れるのでしょう?
この偽りだけの空間で。
虚無のゆりかご。
目が覚めればいつもの天井。いつもの電子音。いつも三人はこの目覚ましで目が覚めるのだ。
見上げる天井は灰色の澱んだ壁紙が貼られている。
起き上がると同時にゆりかごのカプセルが開き、新鮮な空気がベッドへ入り込む。
「すてら…、」
いつ眠ったのか、それすら彼らには記憶があまりないのだ。
毎日いつのまにか眠って、そしてゆりかごも電子音で目が覚める。
「ふぁ、あ。よく寝た!」
「ステラ、おはよう。」
「スティング、アウル…おはよう…。」
記憶に残ること、そして忘れてしまうこと。
それらの違いは単なる大人の都合であって。
「…なに、これ。」
ステラは自分の足に巻かれたその青いハンカチは手に取るが何故コレが自分の足に巻かれているのか思い出せない。
何か、忘れてはいけない、そんな出来事が昨日はあってような。そんな感覚が彼女の脳を渦巻くが結局は何も思い出せないのだ。
「何やってるんだ?ステラ?」
「スティング…これ、なに…?」
「…?なんだぁ?その汚いハンカチは?」
アウルはそのハンカチをステラから奪うがすぐまたポイッとステラへと投げ返す。
ステラはそのハンカチをぎゅっと握り締めスティングを見る。
しかしスティングは「覚えてないなら仕方ないな」と一言言い残すとアウルと一緒にその場から立ち去ってしまう。
何故、覚えていないのだろう。
「だれか…よんでたのに。」
確かに夢の中で、誰かが自分を呼んでいた。
誰かは思い出せないけれど、何かを叫んでいた。
思い出せない。
思い出したい。
『君は、俺が守るから。』
+++
ピピピッ…と電子音が耳に届く。
「ステラ、もう夕方だぞ!」
目を開くとスティングとアウルが心配そうに自分を見ていた。
今日は天井の灰色が見えない。見えるのは二人の心配そうな表情だけ。
「なかなか起きないから心配したぞ!」
「ステラ、マジ寝すぎ!」
「すてら、いっぱい…ねた…?」
辺りをキョロキョロと見回すと確かにいつもの起床時間ではない。
スティングもアウルももう着替えている。その様子から自分が相当寝坊してしまったことだけが分かった。
「ま、いいや!夕飯食べにいこうぜ!」
「うん。」
入り口で待っている二人を追いかけるように急いでステラはゆりかごから降りようとするが、左足に巻かれた青いハンカチに動きが止まる。
「なに…これ…?」
そのステラの発言にスティングとアウルの二人は思わず生唾を飲んだ。
そして二人は互いに視線を合わせるとアウルはスティングの背を肘で突き合図を送る。
それにスティングはギクリとした表情を一瞬見せるが、一呼吸おいてステラにこういった。
「…お前、昨日怪我したから。俺が、巻いといたんだよ。」
「スティング…、が…?」
「そうだよ。さぁ、早く飯に行くぞ!」
「うん!」
ステラはスティングのその言葉何の疑いもなく信じた。
そしてそのハンカチを置き、二人のもとへ駆けていく。
真実の記憶をなくしたまま、
少女はまた戦場へと繰り出されるのだ。
「アレでいいのかよ。」
「…仕方ないだろ、全て思い出したらステラはもう戦えないかもしれない。」
そう、消されたのはステラの中の記憶だけ。
敵軍の、ザフトレッドの少年との淡い思い出などファントムペインのステラには所詮いらない記憶となるのだ。
ファントムペインに負けは許されない。
ずっとそう仕込まれて、戦って、生き残った三人だ。
「…ザフトの奴なんかのせいで、ステラを死なすわけにはいかない。」
「そりゃ、そうだけどよ。…てか、記憶って簡単に消せるもんなんだな。」
「俺らには記憶より、大切なものがあるだろ。」
任務遂行の裏にある己の命。
もう戦いに迷いはない。迷いを捨てなければ負けてしまう。
「知らない方が幸せなこともあるさ。」
全ては残酷すぎる毎日なのだ。
戦って、戦って、戦って。
だけど、本当に忘れてしまうことは幸せなことなのだろうか。
昨日のわたし、今日のわたし。
ホンモノのわたしは、だれ?
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場面的にはシンステ海にボッチャン!洞窟で一夜事件の後の目覚めらへんのペインです。
ただステラのなかでのシンの記憶が消されたというお話。
記憶がない、というのはなんて虚しいんだろうと思いながら書いてました。
つーか美蘭の謎世界がちょっと出てる文になりました。
きっと、ステラたちは同じような日常が毎日続いていて、その中で起きたハプニングなんかはまたゆりかごで消されて。そんなのがあの艦では日常茶飯事なんだろうな、と思いながらハンカチ事件を繰り返してみたり。
2005/7/29